弁護士千葉博コラム

5 社会の出来事について

■ iPad が話題を集めていますね

 最近、従来の書籍という形とは異なる形態での
各種コンテンツの提供が話題に取り上げられることが多くなりました。

 最初は、Kindle。新しもの好きの私としては、アマゾンの広告が出てすぐに購入。
現物を目にして、その読みやすさに感動しました。

 重くなく、長時間持っていても疲れないですし、
ページをめくるときの動作も自然な感じで目が疲れない。
何よりも、amazonで購入を選択してから端末にダウンロードできるまでの時間が
短いのにも驚きました。

 すっかりお気に入りの一品です。

 そして、iPhoneアプリの豊平文庫。これは、青空文庫のコンテンツが読めるのですが、その読める作品の多さにびっくり。基本的には著作権切れの作品ということのようですが、文庫本などで読んだ覚えのある各種文学作品はもちろんのこと、南方熊楠の論考や方丈記のような古典もあります。

 しかも無料。

 最初リストを見たときは嬉しくて、幸せな気分になりました。

 早速、普段なら読まないだろうなあと思うものや、
久しく読んでないなあと思うものを中心にどんどんダウンロードしています。

 最近この媒体で読んだのは、

 ● 宝島(スティーブンソン)
 ● 非暴力(マハトマ・ガンジー)
 ● 魔術(芥川龍之介)
 ● 走れメロス、ヴィヨンの妻(太宰治)
 ● 奇巌城(モーリス・ルブラン)
 ● 死刑囚最後の日(ヴィクトル・ユゴー)
 ● 坊っちゃん(夏目漱石)
 ● 踊る人形、悪魔の足、空き家の冒険、赤毛連盟。ボヘミアの醜聞、まだらのひも
   (アーサー・コナン・ドイル)
 ● ガリバー旅行記(ジョナサン・スウィフト)
 ● 阿Q正伝(魯迅)
 などなど。

 いつも、本は2,3冊は持ち歩いて、シチュエーションに応じて適宜取り出して読んでいたのですが、これまでは本を読むスペースがなかった状況でも、読めるようになりましたし、ごくわずかな時間を拾い上げることができるようになりました。iPhoneの大きさなら、電車で混んでいるときでも、周りに迷惑をかけることなく読めますし。

 次はいよいよ、iPadですね。

 大きさがどうだ、といろいろと議論されていますが、
自分の生活の中で、どこにそれがはまる位置を見つけるのかは自分次第。

 新聞を外で読むといった場合には重宝するかも知れません。

■ しゃべる「地下鉄の壁」を見て

 ホームで大きな声が聞こえてきます。

 といっても、けんかがあった、というわけではありません。

 東京地裁に出かけるときに、よく地下鉄丸ノ内線の赤坂見附駅で乗換えるのですが、最近、その壁の広告にディスプレイが埋め込まれて、大きな声でCMが流されています。

 最初は驚きでした。ついに広告もここまできたか、と。

 でも、そのうちに。本を読むのに集中できないよ、という感じを強く受けるようになったのです。

 確かに、単に静止画があるだけの従来の広告とは違って格段の訴求力があります。
でもそれが、本を読んでいても耳にビンビン響いてきて、思考が途切れてしまう。

 そんな感じになったのです。

 ところが。

 先日読んだ本のお陰で、そうではないんだなということに気がつきました。
それは、小池龍之介さんが書かれている「考えない練習」(小学館)という本。

 ここでは、さまざまな感覚の観点から、勝手に起こる思考をストップする方法が説かれているのですが、その中で、一定の間隔に集中して、他の感覚からの情報をシャットアウトするということが紹介されています。

 小池さんが説かれている文脈からは、ずれてしまうのですが、ある感覚から来る情報を自ら特定の感覚に集中することで、シャットアウトできるんだ、ということに気がつきました。

 考えてみれば、何かに集中しているときは、
周囲の状況にまったく気がつかないということもありますよね。

 どの情報を選択するかは自分の側の問題。赤坂見附駅でも、
自分の読んでいる本に集中し続けることもできるし、
流れているCMを楽しむこともできます。

 この場を楽しいものにするかどうかも、自分次第だなあと感じさせられたのでした。